「坂口螢火(けいか)」とは、はたから見るとずいぶん風変わりな筆名らしく、「何でこんな名前にしたの」と、実によく聞かれます。も~、いちいち解説するのも面倒なので、ここで一挙に大解説します!

そもそも同姓同名がいた

わたしが筆名を使うことにしたのは、同姓同名の作家がいたからです。こりゃ不都合だと思いまして、出版寸前に慌てて考えました。

自分に名前を付けるってのは、なかなか難しいですね!ぶっちゃけ、肝心の作品のタイトルより迷ったかもしれないです。

由来は古典から

「坂口」の方は本名です。「螢火」が筆名なのですが、これには四つ由来にした古典があります。

ではそれぞれ紹介……

聊斎志異(りょうさいしい)

この題名だけで何の本か分かった人は、よっぽどの粋人か、勉強家か、もしくは諸星大二郎(超天才の漫画家)マニアですね。

中国四大奇書の一つで、作者は蒲松齢(ほしょうれい)。神仙、幽霊、怪異にまつわるエピソードを集めに集めまくった短編集です。その数が実に膨大、何と500編はあります!この本はわたしのバイブルでして、中学の頃から読みまくってました。

わたしはこの本の本文、神仙だの幽霊だのの話も無論好きですが、実は一番好きなのが前書きなんですよ。作者の蒲松齢が、作品を書き上げた時の感慨を書いてるのです。

「(略)まじめな人々は、きっと私を良い笑いものにしはせぬかと思う。(略)深夜ただ一人、(略)寂しいひっそりとした書斎の中で、氷のように冷たい机にうち向かい、(略)杯に酒を浮かべつつ筆をとって、ようやくにして(略)書き上げたのである。私がこれに寄せた感慨は右の通りである。また悲しむにたりよう」

笑いものになって、変人扱いされて、それでも書かずにはいられず、たった一人で膨大な書を書き上げる……。灯の消えかけた、暗い書斎に籠る蒲松齢の姿が、目に浮かぶようじゃありませんか。

この蒲松齢、自分自身のことをこう語っているのです。

「私は魑魅(ちみ)と光を争おうとする哀れな秋の螢火であり、魍魎(もうりょう)に笑われるはかない野馬(かげろう)にすぎない」

この一文の見事さ!震えが走りますね。何という名文なのでしょうか!自分には才能なんてないかもしれない。後世に名を残す文豪にはなれないかもしれない。それでも書き続ける……という、蒲松齢の思いが伝わってくるようじゃありませんか。

長々としゃべりまくりましたが、まあこの一文が好きすぎて「哀れな秋の螢火」から、「螢火」の文字をいただいたんですよ。「かげろう」はイヤだったので。

蛍雪の功

これは「蛍の光」の歌で有名ですね。中国の故事です。

「貧乏で油が買えないため、晋の車胤(しゃいん)は蛍の光で読書をし、孫康(そんこう)は窓の雪に明かりを求めて書物をひもといた」という、なんとも胸打たれるお話。

わたしは執筆中、よくこのエピソードを思い出すので、「車胤を見習って勉強しよう……」と、自分を叱咤激励するために「蛍」の字をもらいました。にもかかわらず、あまり見習えてないのですが……。

源氏物語「蛍」

源氏物語には「蛍」という章がありまして、その中に実にしゃれた歌があります。

「声はせで 身をのみ焦がす 蛍こそ いふより勝る 思ひなるらめ」

わたしはなぜか、この歌がやたらと好きなので、いただいちゃいました。

和泉式部の歌

わたしはヒマがあれば古今和歌集とか閑吟集などをパラパラ~っと読んでます(あんまりヒマはないのですが)。

その中で、とりわけ惚れた歌がコレです。

「もの思へば 沢の螢も わが身より あくがれ出ずる 魂かとぞ見る」

暗闇を飛ぶ蛍の光が、己の魂のように見える……。古代の人の感性がひしひしと迫るようじゃありませんか。

まあ、とにかく以上のような理由から「螢火」を名乗ったわけです。終わりッ!